Bさんはごくごく普通の社会人で、これまで一度も罪を犯したことはありません。
ある日、Bさんは友人と遊びに出かけるために公共交通機関を利用しました。
友人と談笑しながら空いた席に座ったところ、付近にいた女性からすれ違いざまに痴漢をしたと疑われてしまいました。
全く心当たりのないBさんは困惑し、何のことか分からないといった様子でしたが、女性は警察を呼び、Bさんはそのまま取り調べを受けることになってしまいます。
その日は家に帰ることを許されたので、冤罪で捕まることなんかないと安心していたBさんでしたが、なんと事件から1か月が経った後に逮捕されてしまいました。
警察から事情を聞いた家族は、冤罪で捕まるとは思っていなかったため大変動揺しましたが、一刻も早く釈放してほしいとの願いから当事務所の弁護士に相談をされました。
相談を受けた当事務所の弁護士は、家族が聞いている事実関係に誤りがないか本人から確認するため、接見に向かいました。
接見での話を聞く限り、家族が聞いている話と同じであり、本当に身に覚えがない様子であったため、担当弁護士も冤罪であるとの疑いを強く持ちました。
冤罪での身体拘束は許されるものではありませんから、直ちに釈放に向けて活動を開始しました。
まずは検察官に送致された段階で、勾留請求をしないよう意見を申し入れるための書類を作成して提出しましたが、検察官は勾留請求を行うことを決めました。
そして同じく裁判所も一度はBさんを勾留することを認めるという決定を出しました。
そこで、即日裁判所に対して勾留決定に対する異議申し立て(準抗告といいます。)を行なったところ、翌日無事に異議申し立てが認められ、Bさんは釈放されました。
在宅での捜査に切り替わったことで、Bさんは仕事を問題なく続けることができました。
また、その後の取り調べでは、Bさんの供述に女性の供述を合わせられることのないよう、客観的な証拠から間違いなく認められる事実以外については一切話をしないよう打ち合わせを行い、徹底して争う姿勢を見せてもらいました。
検察官に対して不起訴が相当であるとの意見書を提出してから1か月あまりが経過したあと、Bさんを不起訴にするという連絡を検察官から受けたことで、Bさんの痴漢冤罪事件は無事に解決しました。
今回の事件のように否認をしている事件では、一般的に身体拘束を解放することは難しいとされています。
例えば、今回の事件であれば、被害申告を行なった女性とBさんは初対面でしたから、Bさんが女性を探し出して供述を変更するよう求めるなどの行為に出ることは物理的に不可能なはずです。
事案の性質としても、痴漢事件で初めて警察に捜査を受けるBさんに重い刑罰が想定されるといったこともまずありえませんから、勾留する理由はどこにも見当たりません。
このような状況下で、家族と暮らして正社員として働いている人が逃げたり証拠隠滅をしたりする可能性は極めて低いはずです。
それにもかかわらず、裁判所は一度は勾留請求を認めました。
理屈よりも、「可能性が低いとしても、万が一逃げたり証拠隠滅を行われたりされたら取り返しがつかない」という抽象的な不安を優先させたとしか思えません。
このような思考をする裁判官がいた中で、当事務所の弁護士による異議申し立てが認められた理由は、異議申し立ての判断にあたった裁判官達が弁護側の工夫をきちんと読み取ってくれたからだと考えています。
Bさんの事件では、友人が事件関係者となってしまいますから、被害者への働きかけができなくとも、友人との口裏合わせが容易という逃げ道を作られることが懸念されました。
そのため、当事務所の弁護士は、Bさんと友人の先輩の協力を仰いで両者の接触を不可能な状況に置くことを約束してもらいました。
詳細は省きますが、実効性のある監督方法を提案しています。
このように裁判所が身体拘束を認めるための逃げ道を予め塞ぐことが釈放のためには重要です。
どのような方法をとるかは個別の事案に即して考える必要がありますから、弁護士の経験と腕の見せ所といえるでしょう。
Bさんの事件のような痴漢冤罪事件は、いつ誰に降りかかってくるか分かりません。
巻き込まれたその場で冷静な判断ができなければ、取り返しがつかなくなることもあるでしょう。
もしも巻き込まれてしまったときには、最低限以下のことを覚えておいてもらいたいと思います。
まず、絶対に被害申告者に触らないことです。
捜査機関は、痴漢事件で容疑者が否認しているような場合、ほぼ確実に微物検査を行おうとします。
微物検査とは、服の繊維などがどこにどのような状態で付着しているかを調べるもので、本来的な用途から外れて痴漢事件の捜査に使われるようになった検査です。
筆者は微物検査から痴漢行為を立証すること自体に疑問がありますが、被害申告者に下手に触れてしまうと、微物検査の結果が痴漢を行なったのではないかという推測に使われてしまう危険性があります。
冤罪を示しにくくなる要素は出来るだけ排除するべきですから、注意するようにしましょう。
次に、必要以上に供述をしないことです。
冤罪である場合は、自分がやっていないということを証明したくて細かく供述をしたくなるのが疑われた者の心理だと思います。
しかし、被害申告者から声をかけられるまでの出来事は、冤罪に巻き込まれた人にとってはただの日常に過ぎませんから、正確に覚えていないことの方が多いのではないでしょうか。
そのような状況で必要以上に供述をすると、後から矛盾点が見つかったり、場合によっては容疑者の言い分を聞かされた被害申告者が無意識のうちに供述を変遷させてしまうことがあります。
こうなってしまうと冤罪であるとの主張を認めてもらうのは一層困難になります。
Bさんの場合もこのような危険性が十分にあると感じたため、話しても話さなくても一緒だと感じたことや、こちらに有利に働くことが確定しているような事情以外は一切供述しないようにしてもらいました。
なお、念の為ですが、痴漢冤罪事件の場合でも、被害申告者が嘘をついて容疑者を陥れようとしているケースはほぼ無いと考えています。
多くの場合、被害申告者はカバン等の接触や偶然の接触を痴漢行為と勘違いをしていたり、人違いをしていたりするだけです。
そのため、被害申告者が嘘をついているという前提で敵対的な対応をすることはほとんどありません。
上記の記載は、冤罪に巻き込まれた容疑者が適切に身を守るために最適な行動という限度で捉えてください。
当事務所では痴漢事件の取り扱いも多数経験があります。
刑事事件でお困りの方は、刑事事件に注力する弁護士が複数在籍する当事務所に、ぜひご相談ください。